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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)46号 判決 1999年2月04日

フランス国

パリ アヴニュー・デ・シャンゼリゼ 68番地

原告

ゲラン ソシエテ アノニム

代表者

ティボー ポンロワ

訴訟代理人弁護士

佐藤雅巳

古木睦美

東京都中央区銀座5丁目6番17号

被告

株式会社ゲルラン

代表者代表取締役

小駒一夫

訴訟代理人弁理士

浜田治雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第18507号事件について平成9年10月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第21類(以下「旧第21類」といい、他の類についても同様に略称する。)「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」とし、「GERULAN」の欧文字を横書きしてなる登録第2680593号商標(昭和53年4月19日登録出願、平成6年6月29日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成6年11月2日、本件商標につき、商標法4条1項7号及び15号の規定に違反することを理由とする商標登録無効審判を請求した。

特許庁は、同請求を同年審判第18507号事件として審理した結果、平成9年10月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月17日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本件商標は商標法4条1項7号及び15号に違反して登録されたものということはできないから、その登録を無効とすることはできないと判断した。

3  審決の取消事由

審決書2頁2行ないし8行(本件商標の構成等)、同2頁9行ないし12行(請求人標章(以下「引用標章」という。)の構成)、同2頁13行ないし12頁17行(請求人(原告)の主張内容)及び同12頁18行ないし23頁5行(被請求人(被告)の主張内容)は認める。

同23頁7行ないし27頁4行(当審の判断)のうち、23頁7行ないし24頁1行(当事者適格についての判断)は認め、その余は争う。

審決は、商標法4条1項7号及び15号違反の点についての判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(商標法4条1項15号違反)

<1> 商標の類似性

(a) 称呼

審決は、本件高標「GERULAN」からは「ゲルラン」の称呼を生じ、「ゲラン」及び「GUERLAN」の文字よりなる引用標章からは「ゲラン」の称呼を生じ、両者は称呼上相紛れるおそれのないものである旨判断するが(審決書24頁7行ないし11行、25頁2行ないし10行)、誤りである。

ⅰ 引用標章「GUERLAIN」からは、そのフランス語の発音に即して「ゲルラン」との称呼が生ずる。

フランス語は、本件商標の指定商品、化粧品及び衣類等のファッション関連の業界においては頻繁に使用され、十分普及しているものである。原告においても、昭和42年、せっけん類等を指定商品として「ゲルラン」との商標につき登録出願をし、その登録を得ている。よって、引用標章「GUERLAIN」と本件商標とは、「ゲルラン」との称呼において類似する。

ⅱ また、我が国において、引用標章は、「ゲラン」と通称又は略称されている。これは、引用標章「GUERLAIN」から生ずる「ゲルラン」において、「ル」と「ラ」と2つのラ行音が続き、かつ、「ル」の母音「ウ」は口蓋の奥で発音する閉母音のため「ル」が無声音化し、かつ、「ラ」が開母音「ア」を含む「ラ」行音であるため、「ル」が「ラ」に吸収され発音を省略されるからである。特に迅速を尊ぶ取引界においては、「ル」音の無声音化及び「ラ」音への吸収は容易に起こることである。

したがって、本件商標から生ずる「ゲルラン」においても、「ル」音は無声音化し「ラ」音に吸収され、本件商標から「ゲラン」との称呼も生ずる。

よって、引用標章と本件商標とは、「ゲラン」との称呼においても類似する。

(b) 外観

審決は、「両者は、その外観・・・においても類似するものとは認められない。」(審決書25頁10行、11行)と判断するが、誤りである。

引用標章「GUERLAIN」と本件商標「GERULAN」とは、共に大文字の欧文字からなり、前者は8文字、後者は7文字と字数が多い上、語頭の「G」及び語尾の「N」はもとより、「E」、「R」、「L」、「A」の文字を共通にし、「G」、「E」、「R」、「L」、「A」、「N」との順序も共通である。しかも、引用標章「GUERLAIN」は著名である。

したがって、本件商標と引用標章「GUERLAIN」とは、離隔して観察した場合、誤認混同するおそれは極めて大きく、本件商標は引用標章「GUERLAIN」と外観において類似する。

(c) 観念

審決は、「両者は、その・・・観念においても類似するものとは認められない。」(審決書25頁10行、11行)と判断するが、誤りである。

本件商標は、上記のとおり、外観及び称呼において原告の著名な引用標章と類似するから、本件商標からは「原告及び原告商品」の観念を生ずる。

よって、本件商標と引用標章とは、観念においても類似する。

<2> 本件商標の著名性

引用標章は、原告製品である香水等の化粧品に使用する商標として、本件商標の出願時である昭和53年4月当時はもちろん、それ以前から著名であった。

<3> 混同を生ずるおそれ

審決は、「(引用標章が使用されている商品は)本件商標の指定商品とはその生産者、取引者、用途等を異にする非類似商品である」(審決書24頁17行ないし19行)と判断するが、誤りである。

ファッション関連企業をはじめとする多くの企業がその名称ないし商標が有名ブランドとして確立された後、そのブランドの著名性を利用して関連商品分野に進出し、企業の経営多角化を図る傾向は、顕著である。

そして、原告が引用標章を使用する香水、化粧品等と、本件商標の指定商品である「装身具、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」とは、密接に関連する商品である。

<4> まとめ

よって、本件商標を付した商品は、原告又は原告のライセンシーその他原告と何らかの経済的関係にある者によって製造、販売される商品であるとの誤認を生じさせるおそれがある。

(2)  取消事由2(商標法4条1項7号違反)

審決は、「本件商標は、前記したとおりであって請求人標章(引用標章)とは類似しないものであること、並びに被請求人の営業の開始時期及び本件商標の使用の実績等は前記(1)で述べたとおりであるから、請求人標章に只乗りするものとはいうことができず、上記法条に照らしても、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがある商標とはいえない。」(審決書26頁12行ないし19行)と判断するが、誤りである。

<1> 引用標章は、原告の著名な商標及び商号であるところ、香水等の化粧品と本件商標の指定商品とは関連性があり、本件商標は引用標章に類似するものである。

したがって、本件商標は、引用標章の持つ顧客吸引力に只乗りし、かつ、希釈化するものであり、原告の業務上の信用を害し、商品流通社会の秩序を侵害するものであるから、本件商標の登録は、公序良俗に反するものである。

<2> 被告は、引用標章の著名性を知ってその顧客吸引力に只乗りする目的で、引用標章に類似し指定商品も密接に関連する本件商標の登録を出願するに至ったものであるから、本件商標の登録は、国際信義に反し、公序良俗に反するものである。

すなわち、被告において、本件商標の存在及び著名性を知らずして本件商標のような特徴のある商標を採用することはあり得ないことである。被告は、昭和42年5月に商号を株式会社ゲルランとして設立されたが、その直前の同年2月に、旧第17類を指定商品として「Guerean/ゲルラン」及び「Guerean/ゲラン」との商標につき登録を出願している。さらに、昭和46年12月、旧第17類、旧第21類及び旧第22類を指定商品として引用標章と同一の構成を含む「GUERLAIN/ゲラン」との商標につき登録を出願し、昭和50年9月、旧第17類を指定商品として同じく「ROYALGUERLAIN」との商標につき登録を出願し、昭和54年2月、旧第24類を指定商品として同じく「GUERLAIN SPORTS」との商標につき登録を出願している。

したがって、被告が引用標章の著名性を知り、その著名性に便乗する意図を有していたことは、明らかである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認め、同3は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(商標法4条1項15号違反)について

<1> 商標の類似性

(a) 称呼

引用標章からは、「ゲラン」との称呼のみが生ずる。著名な商標から2つの称呼が生ずるようなことはあり得ない。

本件商標からは、「ゲルラン」との称呼のみが生ずる。

したがって、両者は、称呼上類似していない。

(b) 外観

本件商標「GERULAN」と引用標章「GUERLAN」が外観上類似しないことは明らかである。

(c) 観念

本件商標も引用標章も、共に固有の観念を持たない造語であって、観念を共通にするものではない。

<2> 混同を生ずるおそれ

ファッション企業は、他産業と異なり、専門業務を拡大していない。異種事業に拡大したファッション企業は皆無ではないが、大半が倒産しているのが実情である。

引用標章が使用されている香水、化粧品等と本件商標の指定商品である「装身具、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」とは、製造業者、販売業者、中間取引者、小売店、需要者のいずれもが異なり、何の関係もない。

被告が衣服、身装品等に本件商標の使用を開始した昭和42年以来既に31年が経過しているが、市場において需要者が本件商標と引用標章とを混同したことは一度もないし、原告からそのような指摘を受けたこともない。

(2)  取消事由2(商標法4条1項7号違反)について

本件商標と引用標章とは、上記のとおり、非類似の商標であるから、本件商標の使用が引用標章の著名性に只乗りするものではないし、引用標章の経済的価値を減少させることもあり得ない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

そして、審決書2頁9行ないし12行(引用標章の構成)及び23頁7行ないし24頁1行(当事者適格についての判断)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1(商標法4条1項15号違反)について

<1>  称呼について

(a) 引用標章「ゲラン」からは、「ゲラン」の称呼が生じると認められる。

本件商標「GERULAN」からは、その自然な称呼として「ゲルラン」が生ずるものと認められる。

そして、「ゲラン」と「ゲルラン」とは、共に短い音構成において、後者の第2音に「ル」の音があるという明確な差異があり、それぞれを一連に称呼した場合においても語調、語感が異なっていると認められるから、「ゲラン」と「ゲルラン」との間において、称呼上相紛れるおそれがあると解することはできない。

原告は、「ゲルラン」においては、「ル」と「ラ」との2つのラ行音が続き、かつ、「ル」の母音「ウ」は口蓋の奥で発音する閉母音のため「ル」が無声音化し、かつ、「ラ」が開母音「ア」を含む「ラ」行音であるため「ル」が「ラ」に吸収され、「ゲラン」と称呼される旨主張するが、フランス語や英語における発音はともかく、日本語の発音においては「ウ」の音も明確に発音されるものであるから、「ゲルラン」中の「ル」が無声音化し「ラ」に吸収され、「ゲラン」と称呼されると認めることはてきず、この点の原告の主張は採用することができない。

(b) 次に、原告は、引用標章「GUERLAIN」からはそのフランス語の発音に即して「ゲルラン」との称呼も生ずる旨主張する。甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、「GUERLAIN」は、フランス語においては、「ゲラン」のほか、「ゲルレン」又は「ゲルラン」と発音される場合もある(ただし、「ル」が無声音化しやすい。)ことが認められる。しがしながら、我が国においては、フランス語は英語ほどには普及しておらず(この点は当裁判所に顕著である。)、「GUERLAIN」を「ゲルラン」と発音すると理解できる者は少ないと認められること、「GUERLAIN」は、原告の子会社等による現実の宣伝広告等における使用において、「ゲラン」と共に使用されてきており、「ゲルラン」と共に使用されることはなかったこと(この事実は、甲第3ないし第19号証により認められる。)に照らすと、化粧品等のファッション関連業界ではフランス語が使用されることが多いこと等を考慮しても、我が国において引用標章「GUERLAIN」かり「ゲルラン」との称呼が生ずると認めることはできない。

(c) よって、本件商標と引用標章とは、称呼において類似すると認めることはできない。

<2>  外観

原告は、引用標章[GUERLAIN」と本件商標「GERULAN」とは、共に大文字の欧文字からなり、前者は8文字、後者は7文字と字数が多い上、語頭の「G」及び語尾の「N」はもとより、「E」、「R」、「L」、「A」の文字を共通にする等として、引用標章「GUERLAIN」と本件商標とは外観において類似する旨主張するが、引用標章「GUERLAIN」と本件商標との間には、本件商標はローマ字読みができるが、引用標章「GUERLAIN」はローマ字読みが困難であること、引用標章「GUERLAIN」には、「I」が含まれ、また、「UER」及び「LAIN」とのつづりが含まれるが、本件商標にはそれらがないことの差異点があることを考慮すると、引用標章「GUERLAIN」が著名であるとしても、引用標章「GUERLAIN」と本件商標とが外観において類似すると認めることはできない。

<3>  観念

原告は、本件商標は外観及び称呼において原告の著名な引用標章と類似するから、本件商標からは「原告及び原告商品」の観念を生じ、観念においても引用標章に類似する旨主張するところ、後記((2)<2>)のとおり、引用標章が周知であったことが認められる。しかしながら、本件商標は特定の観念の生じない造語であると認められ、また、上記のとおり、両者が外観及び称呼において類似するものとはいえないから、引用標章が著名であるとしても、本件商標から直ちに「原告及び原告商品」との観念が生ずるとは認め難く、両者が観念を共通にするとの原告の主張は理由がない。

<4>  まとめ

以上によれば、本件商標と引用標章とは、称呼、外観、観念のいずれの観点がらも類似するとは認められない。

したがって、引用標章が原告の香水等の化粧品に使用する商標として著名であり、原告が引用標章を使用する香水、化粧品等と本件商標の指定商品である「装身具、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」とは、同じファッション関連商品であることを考慮しても、本件商標を付した商品は、原告又は原告のライセンシーその他原告と何らかの経済的関係にある者によって製造、販売される商品であるとの誤認を生じさせるおそれがあると解することはできない。

よって、商標法4条1項15号違反をいう取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2(商標法4条1項7号違反)について

<1>  原告は、本件商標は、引用標章の持つ顧客吸引力に只乗りし、かつ希釈化するものであり、原告の業務上の信用を害し、商品流通社会の秩序を侵害するものであるから、本件商標の登録は公序良俗に反する旨主張するが、本件商標が引用標章に類似すると認めることができないことは、前記(1)に説示のとおりであるから、この点の原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

<2>  さらに、原告は、被告は引用標章の著名性を知ってその顧客吸引力に只乗りする目的で本件商標の登録を出願するに至ったものであり、本件商標の登録は国際信義に反し、公序良俗に反する旨主張する。

確かに、甲第2ないし第15号証、甲第45号証及び乙第2号証によれば、引用標章は、商号を株式会社ゲルランとする被告が設立された昭和42年5月当時から、原告製品である「ミツコ」や「夜間飛行」等の香水に付される商標として世界的に著名であったが、日本においても、本件商標の出願時である昭和53年4月当時はもちろん、それ以前の昭和45年ころにおいても、原告の製品である香水等に付される商標として周知でるったと認められる。そして、甲第44号証によれば、被告は、昭和46年12月、旧第17類、旧第21類及び旧第22類を指定商品として、引用標章と同一の構成である「GUERLAIN/ゲラン」との商標につき登録出願をしたこと、昭和50年9月、旧第17類を指定商品として、引用標章と同一の構成を含む「ROYALGUERLAIN」との商標につき登録出願をしたこと、昭和54年2月、旧第17類及び旧第24類を指定商品として、引用標章と同一の構成を含む「GUERLAIN SPORTS」との商標につき登録出願をしたことが認められ、これらの事実及び「ゲルラン」の商標、商号が引用標章と無関係に選択されたことをうかがわせる証拠もないことからすると、被告は、世界的に著名であった引用標章を知った上で、上記のような引用標章と同一の構成の商標又は同一の構成を含む商標を出願し、また、被告の商号を株式会社ゲルランと定め、本件商標の出願を行ったことがうかがわれるところである。

しかしながら、本件商標と引用標章とが類似しているとはいえないことは前記(1)に説示のとおりであるから、被告の本件商標の選択の動機が上記説示のとおりであることを考慮しても、被告の本件商標の登録をもって国際信義に反し、公序良俗に反するものとまで認めることはできない。

<3>  よって、原告主張の取消事由2も理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めにつき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する(平成10年12月24日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

理由

1.本件登録第2680593号商標(以下、「本件商標」という。)は、「GERULAN」の欧文字を横書きしてなり、昭和53年4月19日に登録出願、第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」を指定商品として、平成6年6月29日に設定登録されたものである。

2.請求人が、本件商標の無効の理由に引用する標章(以下、「請求人標章」という。)は、「ゲラン」及び「GUERLAIN」の文字よりなるものである。

3.請求人は、「登録第2680593号商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし同第25号証を提出している。

(1)利害関係について

請求人は、商標「ゲルラン」を、第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」を指定商品として、平成3年7月1日に登録出願した(甲第24号証)ところ、本件商標を引用して拒絶理由通知を受けた(甲第25号証)ものであるから、本件審判請求をするについて法律上の利益がある。

(2)請求人標章の著名性等について

a.請求人は、パリ アヴェニュー・デ・シャンゼリゼ 68番地に本店を有し、香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社であり、日本、アメリカ、イギリス、カナダ、ブラジル、ベルギー、オランダ等の世界20数ヶ国に請求人が100パーセント出資する販売子会社を有している。

b.請求人は、1828年にピェール・フランソワ・パスカル・ゲランがパリのリボル街に香水店を創立したことに始まり、その後、1897年1月に法人化された香水、化粧品の製造販売を主たる事業とする株式会社であるが、特にその香水は世界的に有名であり、なかでも香水「ミツコ」あるいは「夜間飛行」は、世界的に著名な香水である。

c.請求人の製品は昭和の初期頃から日本に輪入され販売され始めたが、昭和35年には請求人とスイス法人のシイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッドとの間で総代理店契約が締結され、日本国内において同社を総代理店とする販売が開始された。その後、該スイス法人の日本営業部は、業務拡張に伴い昭和40年頃日本における子会社として、日本シイベル・ヘグナー株式会社となり、同社内には請求人の製品を専門に扱うゲラン部が新たに設けられた。

そして、その後、昭和43年頃までの間に、「婦人画報」誌上において、「パリが育てた香の芸術-ゲラン」等のコピーを用いたキャンペーンがなされ、「婦人公論」、「ミセス」等の婦人向け雑誌に定期的に広告が掲載され、また百貨店のギフト商品の広告に請求人の製品が〓「世界の一流ギフト」と紹介されたりして、請求人の名称を略した「ゲラン」、「GUERLAIN」の表示はフランスの高級な香水会社の商品表示及び営業表示として一般消費者の間に浸透していった。また、そのこる、販売員向けに「ゲランニュース」が出されるなどして広告、販売の両体制が強化されていった。

d.その後、昭和45年には、上記日本シイベル・ヘグナー株式会社内のゲラン部が発展解消する形で、請求人と日本シイベル・ヘグナー株式会社が50パーセントずつの割合で出資する「ゲラン株式会社」が設立され、同社は昭和51年4月には請求人が全株式を保有する完全な請求人の子会社となった。

e.更に、請求人の子会社であるゲラン株式会社は、請求人の製造、販売に係る香水、化粧品等の輪入、販売、テレビ、新聞、雑誌等での広告、パンフレットの配付等を積極的に展開したが、これ等広告、パンフレット中には、「ゲラン」、「GUERLAIN」が使用されている(甲第20号証)。

甲第20号証の示すように、ゲラン株式会社による請求人の香水、化粧品及び化粧用具の販売高は、1989年で2,613,982,000円、1990年で、3,029,904,000円であり、販売先は全国271店のデパート、ブティック等であり、これらのデパート、ブティック等には標章「ゲラン」、「GUERLAIN」を使用したパンフレットがゲラン株式会社が設立された昭和45年頃から引き続き配付されていた。

f.上記事実と、前記したようにシイベル・ヘグナー・コンパニー・リミテッドとの総代理店契約締結以前から「ミツコ」あるいは「夜間飛行」などの香水が世界的に著名で、日本国内においても知れ渡っていたこと、請求人の製品は海外土産品としても購入されるので単なる請求人の国内の販売実績以上に日本国内で消費されていること等により、標章「ゲラン」、「GUERLAIN」は、遅くとも、本件商標の登録出願時である昭和53年はもとより、請求人と日本シイベル・ヘグナー株式会社とによりゲラン株式会社が設立された昭和45年頃には既に、日本国内においてフランスの有名な香水会社すなわち請求人の製造、販売する香水等の商品表示として及び請求人の営業表示として著名となっていた。

尚、甲第2号証は、請求人が、昭和49年6月20日設立で、男性衣料品の製造卸を主たる営業とする大阪市所在の「株式会社ゲラン」に対して、商号中に「ゲラン」を使用することの禁止等を求めて、昭和62年に大阪地方裁判所に提起した訴(大阪地裁昭62(ワ)第12346号事件)につき、請求人の請求が認容された判決(平成2年3月298言渡)である。(註.甲第2号証は、該判決文の内容を紹介した「判決時報1353号」の写しである。)

現在、いわゆるファッション関連企業を初めとして多くの企業が、その名称ないし商品表示が一般消費者に浸透し、有名ブランドとして確立されると、そのブランドの著名性を利用して従来の自己の事業範囲に止まらずに、事業範囲を拡張し、関連商品分野に進出するなど、企業の経営多角化の傾向が顕著である(甲第21号証の「ホテルシャネル」判決)。(註.甲第21号証は、該判決文の内容を紹介した「判決時報1239号」の写しである。)

そして、甲第22号証の「クレージュ」の事例では、ブランドの下に、香水、化粧品と並んで本件商標の指定商品である装身具、かばん類、袋物はもとより、婦人服、婦人アクセサリー、紳士服、紳士アクセサリー等々がライセンスされ製造、販売されている。

(3)本件商標と請求人標章との比較

本件商標は、欧文字「GERULAN」よりなるから、その構成に照らし、本件商標からは、「ゲルラン」の称呼を生ずる。そこで本件商標と請求人の著名な商標及び商号である「GUERLAIN」と対比すると、「G」、「E」、「R」、「A」及び「N」を共有し、書体はほぼ同一である。従って、本件商標は、離隔観察したときは、外観において請求人の著名商標及び商号である「GUERLAIN」と類似し、少なくとも相紛らわしいものである。

また、本件商標の称呼「ゲルラン」と請求人の著名商標及び商号である「GUERLAIN」(フランス語どおりに発音すると本件商標と同じく「ゲルラン」である)及び「ゲラン」の称呼「ゲラン」と対比すると、「ゲ」、「ラ」及び「ン」において同一である。加えて、本件商標の第2音の「ル」は、強勢を置いて発音される第1音の「ゲ」と、「ル」と五十音の同一行のラ行音であり、かつ、口腔の前で発音される開母音「ア」を伴う「ラ」に挟まれており、「ル」音は口腔の奥で発音される閉母音である「ウ」を伴うため曖昧にかつ弱く発音され、「ゲルラン」を一連に称呼するときは、「ル」音は「ラ」音に吸収され、「ゲルラン」と称呼され、「ゲラン」と相聴取識別し難いものである。

従って、本件商標は、請求人の著名商標及び商号である「GUERLAIN」及び「ゲラン」と称呼において類似し、少なくとも相紛らわしいものである。(フランス語の発音「ゲルラン」とは同一である。)

そして、本件商標の指定商品である「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」は、請求人の製造、販売に係る「香水、化粧品、化粧用具」と密接に関連する商品である。

(4)商標法第4条第1項第7号該当について

本件商標は、請求人の著名な商標、商号である「ゲラン」、「GUERLAIN」のもつ強力な顧客吸引力に只乗りする商標であり、かつ、上記「ゲラン」、「GUERLAIN」のもっ強力な顧客吸引力を稀釈化するものであって、請求人の業務上の信用を害し、商標保護を目的とする商標法の精神により維持される商品流通社会の秩序を侵害するもので、本件商標は「公序良俗」に反するものであり、商標法第4条第1項第7号に該当するものである。

また、昭和60年7月30日(1985年)政府は、「市場アクセス改善のためのアクションプログラム」を決定した。

特許庁は、この政府のアクションブログラムの決定を受けて、「外国人の周知・著名商標、外国人の名称等の保護について」と題する文書を関係団休に示し、説明会等を行ってきていた。

商標法は公正な競争を図り、取引秩序を維持することを目的とする競業秩序を維持するものであるが、商標法第4条第1項第7号は「公の秩序又は善良の風俗を筈するおそれがある商標は、商標登録を受けることができない」旨を規定しており、その趣旨は商標の構成自体が公序良俗に反する場合だけでなく、一般に国際信義に反する場合も含まれる。

そして、本件商標は、前述のとおり、請求人の著名商標及び商号である「ゲラン」、「GUERLAIN」と類似し、少なくとも極めて相紛らわしいものであり、加えて、本件商標の指定商品は、請求人の製造、販売にかかる商品と密接に関連するものである。

かかる本件商標は国際信義に反するものであり、商標法第4条第1項第7号の趣旨に反し、「公序良俗」に反する商標である。(平成1年審判第5642号、平成4年8月27日審決参照)

(5)商標法第4条第1項第15号該当について

本件商標は、請求人の著名商標、商号である「ゲラン」、「GUERLAIN」と類似し、少なくとも極めて相紛らわしく、かつ、本件商標の指定商品は請求人の製造、販売に係る「香水、化粧品、化粧用具」と密接に関連する商品であるから、本件商標をその指定商品に使用するときは、本件商標を付した商品が請求人又はそのライセンシーその他請求人と何らかの経済的関係にある者により製造、販売されるものであるとの誤認を需要者に生ぜさせるおそれがあるから、本件商標は商標法第4条第1頃第15号に該当するものである。

(6)結論

本件商標は、商標法第4条第1項第7号及び第15号に該当するから、本件商標の登録は同法第46条第1項第1号により無効されるべきものである。

4.被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし同第7号証を提出している。

(1)利害関係について

無効審判を請求するに際しては、審判の準司法的な性格から、民事訴訟法における「利益なければ訴権なし」という原則が適用されるべきである。したがって、商標権の存在により民事上、刑事上の訴追を受ける虞がある者や、商標権者に商標権侵害の警告を受けた等、営業上の利益を害された者が無効審判請求人適格を有するといえる。

これを本件について考えて見るに、被請求人は、請求人標章である「ゲラン」及び「GUERLAIN」の使用につき、本件商標権の侵害であるといった警告等を行った事実は一切無い。そもそも被請求人は、本件商標と請求人の前記商標とは非類似であるとの判断の下、将来的にも、請求人標章の使用を侵害であるとして訴えを提起する考えなど毛頭ないのである。

このように、本件商標と請求人標章が非類似である事実として、昭和60年審判第5171号審決(乙第1号証)を提出し立証する。

本件商標は、第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花」を指定商品とするものであり、その構成は「GERULAN」の欧文字よりなるものであるから、該文字に相応して「ゲルラン」の称呼を生じる。

これに対し、請求人標章「ゲラン」及び「GUERLAIN」は、いずれも商品「化粧品、香水」に使用されており、本件商標の指定商品とはその生産者、取引者、用途等を異にする非類似商品であるばかりでなく、これらは「ゲラン」と称呼されているものである。したがって、本件商標より生ずる「ゲルラン」と比較すると、両者は短い音構成にあって、第2音における「ル」の有無という差異があり、称呼上類似しないものである。また、両商標は、その外観、観念においても類似するものとはいえない。

したがって、本件商標と請求人標章は非類似である。

以上のとおり、請求人は利害関係を有しておらず、したがって、本件審判請求は、不適法な審判の請求であって、その補正をすることができないものであるため、商標法第56条第1項において準用する特許法第135条の規定に基づき、その請求は却下されるべきである。

(2)本件商標の著名性等について

被請求人は、前記(1)で、請求人に利害関係がないことを述べ、かつ、本件審判請求は却下されるべきものである旨を述べた。しかし、請求人は、本件商標の登録が無効である旨の理由を種々主張しているので、ここでは念のため、その認否及び反論を行うことにする。

<1> 証拠の成立について

甲第1号証及び甲第23号証の成立は認め、その余は不知。

<2> 事件の概要の項についての主張は、認める。

<3> 無効事由の項についての主張は、否認する。

<4> 無効原因の項について、以下のとおり答弁する。

本件商標「GERULAN」(ゲルラン)は、被請求人が昭和32年頃から銀座において婦人洋装店舗を開店した時点より使用を開始し、以後誠実な商行為と果敢な営業努力とにより盛大に継続的に使用してきた結果、昭和55年には全国主要都市を含めチェーン店舗約20店を有するまでの全国的規模に至っており、商品被服について業界では極めて著名なものとなるに至ったものである(乙第2号証)。

被請求人の会社設立に関連し、東京都中央区において「株式会社ゲルラン」の商号が登記されたことは、公的に誤認混同を生じる虞がないことの証左を得たことに他ならない。

また、請求人標章との間で誤認混同を生じたことは皆無であるばかりか、本件商標の出願時近辺において、請求人の「ゲラン」なる標章が、喫茶店、美容院等にあっでは、語感の良い名称として一般的によく採択されていたという事実があり(乙第3号証)、このように多数の使用例があるということは、本件商標の出願時においては、該標章(ゲラン)が、とりもなおさず請求人の商標及び商号としてのみ広く認識されているものとはいえないものである。

被請求人の商号「GERULAN」(ゲルラン)と同一の構成よりなる商標が、商標登録第1437504号、同第1437505号、同第1502317号及び同第1680240号として、請求人の商標及び商号とは誤認混同の虞がないものとして、既に登録されていることが一番確実な証左であるといえる(乙第4号証の1及び2、乙第5号証の1及び2、乙第6号証の1及び2、乙第7号証)。

以上より、本件商標の出願時においては、請求人の商標及び商号は商品「被服、布製身回品、寝具類(以上第17類)、はき物(運動用特殊靴を除く)、かさ、つえ、これらの部品及び付属品(以上第22類)、装身具、その他本類に属する商品(以上第21類)」について著名であったとする請求人の主張は失当である。

(3)請求人の業務と本件商標の指定商品の関連性について 請求人の「請求人の製造、販売にかかる『香水、化粧品、化粧用具』と・・・『装身具、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花』とは密接に関連する商品である。」との主張は、争う。仮に、甲第22号証の成立を認めて、クレージュが請求人の主張のようなライセンスビジネスを展開しているとしても、あくまでも、クレージュがそのようなビジネスを行っているということを示すのみであって、請求人の業務に本件商標の指定商品が密接に関連する商品であるといえる証拠とはなり得ない。すなわち、請求人は、自己の業務が「化粧品」及び「香水」の製造、販売等である旨を証拠をもって主張しているのみであって、請求人の業務は、本件商標の指定商品と何ら関連性はない。よって、上記請求人の主張は、失当である。

(4)本件商標と請求人標章との比較

本件商標は、「GERULAN」という7文字からなるが、請求人標章(商標及び商号)は、「GUERLAIN」という8文字からなる点で両者は異なる。また、請求人は、両者は「G」「E」「R」「A」及び「N」を共有し外観において類似する旨主張するが、その他の文字において両者は異なっている。

したがって、本件商標と請求人標章とは、類似しないものであること、すでに(1)で述べたとおりであるが、外観においても非類似であって、請求人の主張は失当である。

さらに、請求人の「本件商標は、・・・請求人標章の顧客吸引力に只乗りする商標であり、」との主張は、争う。

「顧客吸引力に只乗りする」とは、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引き渡しのため展示し、輸出し、若しくは輸入する行為」をいう(不正競争防止法第2条第1頃第2号参照)。

これを本件商標と請求人標章との関係に当てはめて検討すると、第1に、請求人の商標及び商号は、本件商標の出願時において著名ではない。第2に、両者は、「標章」及び「商品」において非類似である。

したがって、本件商標が請求人の顧客吸引力に只乗りしているという請求人の主張は失当である。

(5)商標法第4条第1項第7号該当について

請求人の「本件商標の被請求人による所有は、請求人の業務上の信用を害し、・・・商品流通社会の秩序を侵害するものであり、」との主張は、争う。

ただ、請求人の「昭和60年7月30日(1985年)政府は、『市場アクセス改善のためのアクションプログラム』を決定した。」との主張及び「特許庁は、政府のアクションプログラムの決定を受けて、・・・説明会等を行ってきた。」との主張は、認める。

ただし、特許庁が作成した「外国周知・著名商標等のわが国での未登録商標および外国人の名称等の保護について」という文書は、外国周知商標のわが国における冒認出願登録の未然防止等を内容としており、本件商標は、請求人標章が仮に著名商標であったとしてもこれとし非類似であるので、前記請求人の主張は、本件審判において何ら関連性のないものである。加えて、本件商標の指定商品は、請求人の業務と関連性がないこと、前記(3)で述べたとおりであり、本件商標は国際信義に反するものではなく、「公序良俗」に反する商標ではないし、また、前記したとおり、本件商標と請求人標章は非類似であって、請求人標章を冒用しているわけではないから、請求人の主張は失当である。

(6)商標法第4条第1項第15号該当について

請求人の「本件商標をその指定商品に使用するときは、・・・誤認を需要者に生ぜさせるおそれがあるから、・・・商標法第4条第1項第15号に該当するので、」との主張は、争う。

請求人が主張している商標法第4条第1項第15号の規定は、商標登録出願の時に該当しなければ適用されない(商標法第4条第3項)。

また、商品の出所の混同が生じる虞があるか否かは、取引の実情を考慮して決定されるべきものであることは、多くの判例、審決が教えるところである。被請求人の取引において、請求人の商品と出所の混同が生じたことはなく、一方、請求人からも、商品の出所の混同が生じた事実を立証する証拠は何ら提出されてはいない。

よって、請求人標章(商標及び商号)は、本件商標の出願時において著名商標といえないため、本件商標は、その出願時において他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれはなく、また、実際の取引において商品の出所の混同が生じた事実は存在しないため、請求人の上記主張は失当である。

(7)結語

無効審判における利害関係がある者とは、被請求人が答弁の理由(1)で述べたように、商標権の存在により民事上、刑事上の訴追を受ける虞がある者や、商標権者に商標権侵害の警告を受けた等、営業上の利益を害された者をいう。

したがって、本件商標の存在により、商標法第4条第1項第11号に基づいて請求人出願に係る商標「ゲルラン」が拒絶されたという理由では、利害関係があるとはいえない。

以上のとおり、請求人は、本件商標の登録無効審判を請求することができる利益を有しておらず、かつ、その主張する商標法第4条第1項第7号及び同第15号に基ずく無効理由も全く根拠がないものである。よって、本件審判の請求を却下するとの審決を求めるものである。

5.当審の判断

当事者間に利害関係について争いがあるので、まず、この点について検討する。

商標法第46条の規定による商標登録の無効の審判を請求することができる者は、当該審判の請求において、当事者適格を有する者であることが求められると解されるところ、

これを本件についてみるに、請求人が本件審判請求に関し、その利害関係の根拠とした商標登録出願(昭願平3-68225)について、職権をもって調査したところ、該出願は、平成6年7月1日発送の拒絶理由通知書において本件商標が引用され、現在審査に係属中であることを確認し得た。

したがって、諸求人は、本件審判を請求することについて当事者適格を有する者であると認められる。

次に、本案に入って本件商標の登録を無効とすべき理由の有無について判断する。

(1)本件商標が商標法第4条第1項第15号に該当するか否かについて

本件商標は、前記商品を指定商品とするものであり、その構成は前記のとおり「GEAULAN」の欧文字よりなるものであるから、該文字に相応して「ゲルラン」の称呼を生ずるものと認められる。

これに対し、請求人の提出に係る甲第3号証ないし同第14号証(なお、甲第15号証ないし同第19号証は、本件商標の登録出願日以降のものである。)によれば、請求人が引用する各標章は、化粧品主に香水について使用されていることが認められるものであって、本件商標の指定商品とはその生産者、取引者、用途等を異にする非類似商品であるばかりでなく、請求人標章の「GUERLAIN」が「香水」について使用された結果、著名性を有するに至ったことを認め得るとしても、それは「ゲラン(の香水)」と表示され「ゲラン」と称呼されていることが認められる。

そこで、本件商標と請求人標章とを比較するに、それぞれより生ずる「ゲルラン」と「ゲラン」の称呼は、共に短い音構成にあって、前者の第2音において「ル」の音の有無という顕著な差異があり、それぞれを一連に称呼した場合においても語調語感が明らかに異なり、称呼上相紛れるおそれのないものである。また、両者は、その外観、観念においても類似するものとは認められない。

さらに、被請求人の提出に係る乙第2号証によれば、本件商標は、少なくとも被請求人が婦人洋装品の製造及び販売を目的に株式会社ゲルランに改組した、昭和42年5月以降においては、相当程度使用された結果、その店舗も昭和55年頃には全国主要都市を含め20店を超える規模に至っており、商品「婦人服」について業界では相当知られるに至ったことが認められる。

以上のことを総合勘案すると、本件商標をその指定商品について使用しても、該商品が請求人の取り扱いに係る商品であるかの如く、商品の出所について誤認混同を生ずるおそれはないものといわなければならない。

(2)本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当するか否かについて

請求人は、請求人標章が著名な商標及び商号であることよりすると、本件商標は、請求人標章の強力な顧客吸引力に只乗りする商標であって商品流通秩序を害するもので「公序良俗」に反するものであり、かかる本件商標は国際信義にも反する旨主張している。しかしながら、本件商標は、前記したとおりであって請求人標章とは類似しないものであること、並びに被請求人の営業の開始時期及び本件商標の使用の実績等は前記(1)で述べたとおりであるから、請求人標章に只乗りするものとはいうことができず、上記法条に照らしても、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがある商標とはいえない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号及び同第15号に違反して登録されたものということはできないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年10月22日

請求人被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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